
デジタルトランスフォーメーションが加速する現代のBtoB市場では、ABM(アカウントベースドマーケティング)戦略が、優良顧客との関係強化と持続的な事業成長に不可欠な要素となっています。一方で、「どの指標で成果を測るべきかわからない」「ROIを証明しづらい」といった課題に直面する企業も少なくありません。KPIが未設定のままでは投資対効果を見えにくくし、新規顧客獲得の機会を逃すリスクもあります。本記事では、ABMを成功へと導くKPIの設計と具体的な測定手法を、業界の最新トレンドを踏まえながら解説します。
なぜ今、ABMに明確なKPIが必要なのか?
BtoBビジネスにおけるマーケティングや営業の環境は、近年ますます高度化・複雑化しています。顧客の情報収集行動はデジタル化が進み、購買プロセスに関わる関係者の数も増加傾向にあると言われています。その結果、従来のような一律のマスアプローチやインバウンド施策だけでは、効率的に商談を創出したり、新規顧客を獲得したりするのが難しくなってきています。
こうした背景のもとで注目されているのが、ABM(アカウントベースドマーケティング)戦略です。ABMは、ターゲットとなる企業を明確に定義し、マーケティングと営業が部門を越えて連携しながら、一社ごとに最適化されたアプローチを行う戦略です。特に近年では、両部門が協力してデータを活用し、一貫性のある顧客体験を提供することが、成果につながる鍵となっています。
このようなABMを効果的に運用するためには、KPI(重要業績評価指標)を明確に設定することが不可欠です。KPIが曖昧なままでは、どの施策が有効だったのか判断できず、営業活動やマーケティング活動の改善につなげることもできません。KPIをしっかりと設計し、定期的に振り返る仕組みを持つことで、活動の方向性が明確になり、リソースの最適配分や判断のスピードも高まります。
さらに、営業DXやABMツールを導入することで、KPIの可視化と分析がしやすくなり、営業効率の向上やマーケティングROIの最大化につながります。明確なKPIを設定し、それを軸にPDCAを回していくことは、競争が激化する市場で優位性を確立するうえで欠かせない取り組みと言えるでしょう。

ABM戦略を成功に導くフェーズ別KPI
ABM戦略において設定すべきKPIは、単一の指標で評価できるものではありません。成果を正しく把握するためには、営業・マーケティングのファネルを複数の段階に分け、それぞれのフェーズに応じた指標を設計することが重要です。
実行プロセスは、大きく「1. ターゲットアカウントの定義」「2. エンゲージメントの深化」「3. パイプラインの創出」「4. 成約とROI」の4つのフェーズに分類されます。それぞれの段階に応じて適切なKPIを設定することで、戦略の進捗と成果を定量的に把握することが可能になります。
各フェーズで追うべきKPIを明確にすることで、BtoBマーケティングにおけるボトルネックの特定と改善サイクルの高速化が実現できるようになります。
1. ターゲットアカウントの定義とリストの質の確保
ABM戦略の出発点は、自社にとって最も価値の高い顧客となりうる企業(ターゲットアカウント)を正しく定義することです。この段階では、単にリスト件数を増やすことではなく、「質の高いアカウントをどれだけ正確に抽出できているか」に重点を置きます。
- ターゲットアカウントリストカバー率
自社の理想的な顧客プロフィール(ICP)に合致する企業群のうち、実際にターゲットアカウントリストに含まれている企業の割合。この数値が低い場合、そもそも狙うべき市場を捉えきれていない可能性があります。
- アカウントデータの正確性・網羅性
リストアップされたアカウントの企業情報、担当者情報、部署、役職などがどれだけ正確かつ最新であるかを示す指標。不正確なデータはアプローチの非効率化に直結するため、SFAや外部データベースとの連携による定期的なクレンジングが求められます。
2. エンゲージメントの可視化
ターゲットアカウントが定まったら、次はそのアカウント内の意思決定者や関係者とのエンゲージメント(関係性)を深めるフェーズです。ここでは「誰がどれだけ関心を持っているか」を、アカウント単位で可視化することが重要です。
- アカウントエンゲージメントスコア
ウェブサイト訪問、メール開封、コンテンツの閲覧、イベント参加といった複数の接点での行動を統合し、アカウント単位でスコアリングした指標。この客観的なスコアリングによって、アカウントの興味度合いを評価でき、自社の商品やサービスに対する顧客ニーズが醸成されているサインと捉えることができます。
- ターゲットアカウントのウェブサイト訪問率
リストに含まれる企業からのウェブサイト流入の比率。この数値を高めるには、ターゲットを意識した広告配信やSEOコンテンツが有効です。
- インテントデータのシグナル
特定のキーワード検索や競合サイトの閲覧など、アカウントが示す購買意欲の兆候(インテント)を捉えることも重要です。インテントデータを活用することで、ニーズが顕在化する前の「見えないシグナル」を捉え、インサイドセールスやBDRが最適なタイミングでアプローチすることが可能になります。
3. パイプラインの創出と商談化
エンゲージメントが高まったアカウントを、具体的な商談機会(パイプライン)へと転換させるフェーズです。ここでは、マーケティング活動がどれだけ質の高い商談を生み出しているかを測定します。
- SQL(営業に引き渡す段階のリード)創出数
ターゲットアカウント内で、営業がフォローアップすべきだと判断した質の高いリードの数。単なるリード獲得数ではなく、いわゆるホットリードをターゲットアカウントの中から見つけ出すことが重要です。
- ミーティング・商談獲得数
インサイドセールスやBDRが能動的にアプローチすることで、具体的な商談につながった数。このKPIは、営業活動の初期段階における成功を直接的に示します。
- パイプライン創出額
創出された商談の想定受注額。ABMが売上に与える影響を把握する上で重要な指標です。
4. 成約とROIの最大化
最終フェーズでは、ABM戦略全体の投資対効果を測定します。マーケティングと営業の連携が最終的な成果に結びついているかを評価し、今後の戦略に反映させます。
- 契約率(ターゲットアカウント)
商談化されたアカウントのうち、成約に至った割合。ABMの精度が高まるほど、一般的な商談よりも高い契約率が期待できます。
- 平均契約単価(ACV)
ABM経由で成約した顧客の平均契約金額。高単価商談が増えているかを示す指標です。
- 顧客生涯価値(LTV)
ABMで獲得した顧客が、取引期間全体でどれだけの利益をもたらすかを示す指標。ABMの成果を中長期で判断するための重要指標です。

KPI測定を加速させるABMツールと営業DX
このような多岐にわたるKPIを手動で測定・管理し続けることには限界があります。ABM戦略を成功させるには、テクノロジーを利用すること、つまり営業DXの推進が極めて重要です。SFAやMA(マーケティングオートメーション)を基盤としながら、より高度な分析とアプローチを可能にする営業支援ツールやABMツールの導入が効果を発揮します。
特に近年注目されているのが、AI SDR(AIを活用したインサイドセールス担当)のような新しいテクノロジーです。AIは、顧客が自社の商品サービスに関連する情報をWeb上で情報収集している動きなど、膨大なインテントデータをリアルタイムで解析し、「今、アプローチすべき企業」とその興味関心を特定することができます。
優れたABMツールは、これまで分断されがちだったマーケティングデータと営業データを統合し、一元管理することで、ダッシュボード上で各KPIを可視化します。これにより、マーケティング部門はキャンペーンの効果をアカウント単位で正確に把握でき、営業部門(インサイドセールスやBDR)はエンゲージメントが最高潮に達したタイミングを逃さず、的確なアプローチができます。このようなデータに基づいた連携こそが、属人化からの脱却と、組織的な営業効率の向上を後押しします。
データが導く次世代のBtoBマーケティング戦略
ABM戦略は、新規顧客の獲得から既存顧客との関係強化までを一貫して支える、BtoB企業にとって重要な営業・マーケティング手法です。成果を上げるためには、自社のビジネスモデルに即したKPIの明確化と、営業DXによる継続的なデータ活用・改善が求められます。本記事で紹介したKPI設計と測定の考え方をABM戦略に取り入れることで、属人化に依存しない営業体制の構築や、再現性のある商談獲得プロセスの実現を加速させるうえでの参考となれば幸いです。